毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。
第二回の今月は、DJ、ブロードキャスターとして活躍中のピーター・バラカンさんが登場。ロンドン生まれのピーターさんと回顧する70~80年代のコーヒーカルチャーから、音楽とコーヒーのある共通点まで、たっぷりとお話しいただきました。
(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。構成:内田正樹。写真:荒井俊哉)
― バラカンさんはイギリスのご出身ですね。
「はい。ロンドンの生まれですが、僕が小さかった頃は、イギリスで美味しいコーヒーが飲めるなんてことはほとんどなかったはずです。そもそも、コーヒーを飲むという習慣自体が無かったから。多分普通のイギリス人は、当時コーヒーの淹れ方自体知らないほうが普通でしたからね。あってもインスタントがいくつかあっただけ。随分経ってから、イタリア系の店でエスプレッソを出すようになった程度でしたから」
― 僕も90年代後半はロンドンに留学していましたが、当時でもまだコーヒーショップなんてほとんどありませんでした。いまではイギリスローカルのチェーン店まであるぐらいですが。
「やはりイギリスでは紅茶が一般的でしたからね。夏休みになるとよくヨーロッパへ出掛けましたが、飲み慣れていないせいか、パリでも、イタリアでも、コーヒーの味がとても苦く感じられました。アイスコーヒーなんてもっと見当たらなかった。あれは日本人の発明ですからね。缶コーヒーもそう。アイスティーはイギリスではなく、実はかなり昔からアメリカで飲まれていたもの。その昔、夏のかなり暑い時期にギリシャの島で飲んだことがあったけれど、インスタントの粉のコーヒーを水でかき回しただけの、極めて不味いものでしたよ(笑)」
― そもそも海外ではガムシロップだってありませんでしたからね(笑)。
「そうそう!(笑)。日本では40年も前からあったのにね。コーヒーゼリーもそう。あれこそ海外で出せば売れそうなものだと思うけど」
― 海外の店頭ではガラス張りの冷蔵ケース自体をあまり使いませんからねえ。
「ちょっとしたレストランでデザートのひとつとしてもっと出せばいいのに。僕が広めようかな(笑)」
― バラカンさんが日本にいらしたのは、1970年代の半ばでしたね。
「その頃に日本の喫茶店でよく飲まれていたコーヒーは、アメリカンなどを除いて一様に濃い目でした。あれもまた独特で、ヨーロッパのどこに行ってもお目にかからない味でした。だからその頃はカフェオレを飲んでいました。だけど80年代の好景気に入ると、カフェバーという業態が出来て、喫茶店もすごく増えて、コーヒーの価格が高騰し始めた。僕が来日した頃は一杯180円ほどだったコーヒーが、店によっては1000円になった(笑)。これは困ったなと思った頃にドトールコーヒーが出来て、当時150円でコーヒーが飲めるようになって、ほっとしたことを覚えています」
― 僕はバラカンさんの著書や、「BARAKAN MORNING」(※編注:Inter FMで09年から放送された人気プログラム。2014年9月30日に終了)を愛好していたので、それもあってぜひこのコーナーにご登場いただきたかったんです。
「ありがとうございます。「BARAKAN MORNING」のオファーを受けた当初は、僕には早朝の生放送なんて向いていないと思いました。でも非常に熱心に誘っていただいたので、ある条件付きでお引き受けすることしたんです。それは“朝食を用意してもらうこと”。何せ毎朝4時に起きて、5時に家を出なければならなかったので」
― メニューはどのようなものでしたか。
「80年代から僕がずうっと食べ続けている、ベーグルとコーヒーでした。途中からコーヒーは紅茶に交代しましたが、ともかくリスナーに向けて語りかける僕の傍らには、毎朝必ずベーグルとマグカップがありました。TORIBA COFFEEのブレンドは、音楽を感じさせるネーミングがいいですね。朝起きて、ちょっとだけ濃い目に淹れて飲んでみました。お世辞ではなく美味しかった。朝から美味しいコーヒーを飲むのもいいものだあと久々に感じましたよ」
― ありがとうございます。僕がTORIBA COFFEEを運営していくルールのひとつは、“ロックであるかどうか”なんです。物事をジャッジする時、大体は「どの選択が最もロックなのか?」で決めています。社員には「エラい会社に入っちゃったなあ」という顔をされますけど(笑)。
「(笑)」
― あともうひとつ心がけていることは、そもそもコーヒーはカルチャーのひとつでしかないということ。TORIBA COFFEEは厳選した数種のブレンドしか提供していませんが、かといって「俺のコーヒーが」というエゴを前面に押し出すのはあまり好きじゃなくて。コーヒーはあくまでお客様のライフスタイルに寄り添うものであってほしい。要は、変に媚を売り過ぎて失敗するよりも、自分が納得のいくやり方で勝負をしたいんですね。
「いいと思いますよ。ロックにせよ、ポップスにせよ、何十年も長く愛される音楽というものは、決して計算からは生まれてこなかった。みんな、ただやりたい音楽をやってきただけだったはずです。マーケティングから計算された音楽というのは、まあ2、3年の間は当たることもあるけれど、その後は大抵あっさりと忘れられてしまいますからね」
― 励みになります。100年続くブランドに育てたいと思います。
「一番大切なのは、誰に何と言われようが、自分の好きなことだけを貫くという姿勢ではないでしょうか。これはどこの世界でも一緒なんじゃないかな。その姿勢を維持し続けること自体、苦労する時だってあるかもしれないけれど、やっぱり好きなことをとことんやり続けるべきだと僕は思いますよ」
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ピーター・バラカン
1951年ロンドン生まれ。1974年に来日、現在はDJ、ブロードキャスターとして活躍中。『ラジオのこちら側で』(岩波新書)をはじめ著書多数。
「Barakan Beat」(Inter FM)、「ウィークエンド・サンシャイン」(NHK-FM)、アナログ特区(FM YOKOHAMA)、「The Lifestyle MUSEUM」(TOKYO FM)、「ジャパノロジー・プラス」(NHK BS1)、「Offbeat & Jazz」(WOWOW)にレギュラー出演中。
日本全国でDJイベントにも出演。2014年10月には来日40周年イベント「Peter Barakan’s LIVE MAGIC!」の監修も務めた。
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