COFFEE PEOPLE ~ vol.4 錦織健 ~|COLUMN|TORIBA COFFEE
  1. HOME
  2. COLUMN
  3. COFFEE PEOPLE ~ vol.4 錦織健 ~

2015.08.07 COFFEE PEOPLE ~ vol.4 錦織健 ~

 

〜コーヒーが“闘うための武器”だった頃〜

 

毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。第四回目は、日本を代表するテノール歌手の錦織健さんの登場です。

修行時代のコーヒーの想い出から、オペラ業界の貴重なエピソード、そしてひとつの道を極めるという姿勢など、大いにお話しいただきました。

(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:荒井俊哉。構成:内田正樹)

 

L1007581

 

————そもそも錦織さんはなぜ声楽の道を選ばれたんですか?

「もちろん音楽が好きだったという理由はありましたけれど、あんまり立派な話じゃないんですが、ともかく勉強が嫌いで(笑)。受験勉強をしなくていいのなら、どんな人生になってもいいとさえ思っていたんですよ(笑)」

――よっぽどイヤだったんですね……あれ? でも音楽大学を出られていますよね?

「受験科目が現代国語と英語だけだったのが素晴らしいと思えまして。受験生の悲しい宿命である丸暗記の要素がほとんどなく、それ以外はすべて音楽で勝負ができた。自分が選んだ道は間違いじゃなかったと思いましたよ(笑)。もちろん入学してからは血の滲むような努力が続くのですが。でも実はその当時、僕はコーヒーにたくさん助けられていたんですよ」

――と、いうと?

「かつて僕には文化庁のオペラ研修という、2年間で10人ぐらいしか選ばれない枠に選ばれて代々木にあったさるオペラ団体に通って猛特訓を受けていた時期がありまして。その当時は厳しい修行の毎日で、肉体も精神も極限状態でした。たった一度の悪い出来が評価を落とし、それが将来に影響を与えかねないという恐怖の真っ只中にいたのです」

————なかなか壮絶ですね。

「ええ。思い切り泣いて気持ちを切り替えていたヤツもいたんですが、僕はコテンパンに罵られて辛くなると、泣きたい気持ちをぐっとガマンして、稽古場の近くにあったドトールに行って、一杯のコーヒーで気持ちをスイッチしていたんです。一日に十回は通っていましたね。一杯飲んだら、それまでの自分を断ち切って、何なら笑顔まで浮かべて練習に戻っていました。あの頃は本当にコーヒーが僕の支えだったんです」

――そうだったんですか。僕は常々コーヒーがお客様の生活の一部に溶け込んでいてくれたらと願っているので、とてもうれしくなるエピソードですね。

「もちろん飲み物としても好きですけれど、当時の僕にとって、コーヒーはまさにドリンキング・ウェポン(笑)。つまり、毎日を闘うための大切な武器だったんですね」

 

 

〜オペラを日本語で上演する理由〜

 

L1007584 のコピー

 

————TORIBA COFFEEでは今年(2015年)の2月と3月に錦織さんがプロデュースされた『モーツァルト 後宮からの逃走』に協賛させてもらいました。

「ありがとうございました。特製の“後宮ブレンド”を作っていただき、お客様にお配りさせていただきました。あれは僕の宝物です。皆様にもとても好評でした」

————ブレンドは台本のイメージから手探りで作りました。錦織さんだし、少なくとも薄味ではないと思い、ちょっと濃い目の味にして(笑)。

「濃い目は正解ですよ。舞台も中東だし、かなり濃いお話でしたから(笑)」

————オペラというと、とかく一般には敷居が高そうだとか、チケットが高そうだとか、話が長くてつまらなさそうだといった偏見を持っている人も未だに少なくありません。でも錦織さんの自主公演には、そういった要素が皆無ですね。台詞も日本語だし、敢えて言うなら、吉本新喜劇に近いというか。

「それはうれしい喩えですね。僕自身、吉本はよく観に行きますから。限られた時間の中で、お客様をきちんと納得させる起承転結を、しかも決して広大ではない劇場の舞台を活かして人情劇を見せる。吉本には舞台の基本が詰まっていると思います」

————自らプロデュースする自主興行のオペラを、しかも日本語の台詞でやられている。どんな動機から始められたのでしょうか?

「やはり一般の、オペラを知らない、幅広い世代のお客様にオペラを楽しんでほしいという想いからでした。先ほどもお話しした通り、声楽にせよクラシックにせよ、プロとして皆様の前で舞台に上がるまでには、皆、努力と勉強を繰り返します。でも、勉強の連続だとどうしても観る側も演奏する側もつまらなくなると僕は思うし、通(ツウ)の方から先のお客様へ広がらなくなる。つまり、マニアにはウケるのに、一般の方にはウケないものしか出来なくなってしまう。それが嫌だったんです」

————マニアというのはその道に精通している分、どこか麻痺している部分もありますからね。

「そうなんです。例えばコーヒーで言えば、かつてトルコで飲まれていたというブレンドを再現し続けていてもしょうがないですよね?(笑)。僕の自主興行では、オペラについて素人のお客様に喜んでいただけるよう取り組んでいます。将来のマーケットを考えたら、絶対に大切な試みだと信じているからです。そこから新たなオペラのファンが生まれてくれたら嬉しいし、たとえなってくれなかったとしても、チケットを買って足を運んで下さったお客様を目一杯楽しませて、十二分に満足していただけるよう、一生懸命取り組んでいます」

 

 

〜高みを目指すための迎合と摩擦〜

 

L1007609 のコピー

 

————錦織さんからはテノール歌手という、言わばプレーヤーの顔と、プロデューサーとしての顔と、あとは経営者マインドという人3つの人間性が感じられます。

「そうかもしれません。なかなか自分では解説し辛いですが、プレーヤーとしての顔は昔から現場主義なタイプだったので一番古い顔ですね。あとの二つは、何でも自分で決めて、すぐに一人で行動したいという性格だからでしょうね。自分がやりたいようにやりたい。オンラインゲームとか嫌いなんで(笑)。人のミスにも寛容だし、誰かを応援したくて仕事をしたりするような場面もあるので、人情社長的な側面もあるのかも」

————当然その一方で駆け引きが必要となる場面もありますよね?

「もちろんです。自主興行の時は自分が信頼できるスタッフとやりますから、そういう緊張感やストレスはありませんが、歌手として方々に出向く際はありますね。やはり舞台の上は戦場ですから。僕もイタリアオペラが得意な歌手と共演する時は、ちょっとドイツ的なコントロールを効かせるとか、逆にドイツ的な歌手と共演する時はイタリア的な声で歌うという戦略に打って出る時はあります。ここだけの話ですが(笑)」

————僕は最近、文楽のドキュメンタリーを観たのですが、あの世界の人間国宝級の人たちは、共演する際にほとんどリハーサルをしないのだそうです。しかもクラシックと違って指揮者もいない。互いに自分の芸を追求して、歩み寄らない。歩み寄るとその人の芸では無くなってしまうのだそうです。でも互いに高みを極めると、どこかの地点でシンクロする瞬間があるらしいんです。

「オペラでも同じような場面はあると思います。一度合わせたらだいたい相手を把握できますからね。そこから方針を決めるんです。『今回は演出家合わせよう』とか、『今回は自分の見せ場をアピールする機会だな』とか。あとオペラの場合、演者は舞台上の立ち位置で音響に大きな違いが出るので、皆それぞれに声のよく響くポイントを探すんです。そういった駆け引きであり闘いはありますね。あ、これも全部ここだけの話ですよ(笑)」

————コーヒーも同じです。ビジネスである一方、お客さまのニーズに迎合し過ぎるよりも、自分の表現力を磨かなければ高みを目指すことは出来ないでは?と、最近思います。自分はブレンドを考えた。ではバリスタはどう最高の表現をしてくれるか。そんな互いの摩擦で高みを目指せたらと思います。

「きっと最も理想的な姿は迎合と摩擦の使い分けなのかもしれませんね。迎合する場面はしておいて、進化するための摩擦も忘れない。そんな人間になれたらいいなあ、なんて夢を見ながら精進している今日この頃です(笑)」

 

———————————————————————————

(プロフィール)

国立音楽大学卒業。文化庁オペラ研修所第5期修了。文化庁在外研修員としてミラノに、また、五島記念文化財団の留学生としてウィーンに留学。第4回グローバル東敦子賞、第1回五島記念文化賞新人賞、第6回モービル音楽賞洋楽部門奨励賞受賞など受賞歴多数。

古典から邦人作品まで意欲的に出演し、好評を博している。ソリストとしての評価も高く、親しみやすいトークを交えたリサイタルやテレビ。ラジオの出演などによって多くのファンを魅了している。

2015年2月と3月には自身のプロデュース第6弾となる『モーツァルト 後宮からの逃走』を手掛けた。

CDは『初恋』、『恋人を慰めて』、『すみれ』、『砂山』『秋の月』、『錦織健 日本をうたう~故郷~』、『錦織健 アリアを歌う』等が発売されている(いずれもポニー・キャニオン)。

———————————————————————————

 

 

 

関連記事