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2015.12.18 COFFEE PEOPLE ~ vol.8 長瀬哲朗 ~

〜「生きたいように生きなよ」というあの日の言葉 〜

 

毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。第八回目は、前回ご登場いただいた現代アーティストの加賀美 健さんと、その前回に無念の欠席だった“ジャイアン”ことスタイリストの長瀬哲朗さんを交えた鼎談でお送りします。

加賀美さんとジャイアン、そしてTORIBA COFFEE代表の鳥羽伸博とジャイアンの奇妙な縁や、アートからコーヒーの現在に至るまで、談論風発のトークをお届けします。

 

(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:荒井俊哉。構成:内田正樹)

 

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——ようやくジャイアンが合流できました。そもそも、この三人の組み合わせで鼎談を決めた理由は、ジャイアンから聞いた話が発端だった。

長瀬:うん。僕はいまよりも痩せていた16歳の頃、西麻布のYellow(クラブ。現在は閉店)で、「スタイリストになりたい」という気持ちを初めて言葉で伝えた相手が加賀美さんだったの。

加賀美:それ覚えている。僕も覚えているし、一緒にいた僕の奥さんも覚えていると言っていた。

長瀬:その後、加賀美君と“クレイジー”ってやつの二人で、「asayan」(※人気を博したストリートカジュアルのメンズファッション誌。2003年9月号をもって休刊)に載っていたんですが、その姿が、ともするとファッションやカルチャーなんて全部嘘なんじゃないかと思っていた19歳くらいの頃の自分にとって、ものすごく衝撃的だった。ガツガツと溜まっていたものを吐き出している感じで。あれはいまでも忘れられない。

加賀美:それはもう覚えてないな(笑)。

長瀬:僕はYellowの時に自分が着ていた服まで覚えています(笑)。その時、加賀美君からは「生きたいように生きなよ」みたいな言葉を言われて。当時、僕はすぐにでも加賀美君も通っていた文化服装学園に通いたかった。東京モード学園は高卒じゃなくても入れたんですけど、文化は高卒資格がないと入れなかった。何とかして文化に通いたいと思い、高校に通い始めたんだけど、結局17歳で辞めちゃって(笑)。でもそれからいろいろ見ているうちに、「学校に通っても遊んじゃうだけだな」とか思えてきちゃって。

加賀美:だいたい、学校に通ってスタイリストになっている人って、結局ほとんどいないもんね。

——そういうもんなんだ?

長瀬:どこか夢を持たせない環境というか、足を引っ張るような空気があった。そういう日本特有の空気みたいなものをすごく感じちゃって。専門的なことを学ぶには必要だけど、いろんなジャンルのことを片手間で知っていくだけのような作業なら、誰かに付いちゃう(※=師事する)ほうが手っ取り早いなと思って。そんな風にモヤモヤしていた時に、今度は加賀美君が馬場(圭介。※本連載の前回を参照)さんのアシスタントに付くと聞いて、僕も頑張って追いついて行こうみたいな気持ちになった。

——デザイナーの菱沼良樹さんは、デザインをやりたくて文化服装学院に入ったけど、ボタン付けやミシンがけばかりやらされて「何でこんなことやらなきゃいけないんだ」と半年くらいで辞めたらしい。

長瀬:二村毅さんについていたアシスタント時代、「俺はクリーニング屋かな?」と思うくらいアイロンでVゾーンばかり作っていた。寝不足になりながらかけているんだけど、アイロンで服が傷んだら一巻の終わりだから気が抜けないし、何でこんな罰ゲームみたいな人生なのかと思っていた。その頃の僕は19歳で、周りはみんな遊んでいた。でも加賀美君は、朝は文化に通って、課題もちゃんと提出していたでしょ? ほとんどの人がなぁなぁで飲まれちゃっていた頃にね。遊ぶ時は遊んで、でも働く時や自分が好きなことに対しては真剣に向き合っていた。加賀美君の姿は支えになったし、自分もそういう人間にならなければとも思った。人に影響を与えるって、どこで与えているか分からない。

加賀美:自分が決めたことだったし、親が学費を払っていてくれていたというのは大きかったかもしれないですね。

長瀬:でも結局、学校みたいな環境にいる人たちのなかでは、「自分はこういう人間だ」ってことをちゃんとみんなに言いたい熱を持った人が残ると思うんですよ。で、熱い人は、専門学校に行ったら、勉強するのも当然なわけです。加賀美君の世代はベビーブームの後半ぐらいだから、生徒数も飽和状態の時代だったでしょ?

加賀美:うん。たしかに、学校に来なくなる人もたくさんいたね。僕は小さい頃から基本的にあまのじゃくだから。小学生の頃も、友達がファミコン買ってもらったらあえて買いたくなかったし、逆にスーパーファミコンが流行りだしたらファミコン買うみたいな(笑)。そういうところがいまにも通ずる気がしている。あまのじゃくを続けていると「自分が面白ければいいや」という感覚になるから、「人の先を行っている」といった意識もなくて。

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——僕は20歳から21歳の頃にロンドンで暮らしていました。当時は日本の雑誌がすごく貴重で、日本の3倍くらいの値で売られていた。その中の「HotDog Press」か「Smart」か何かにジャイアンが載っていた。すると、当時仲の良かった僕の友達が「こいつは親友で糖尿病なんだよ」とか言って。後にそれは痛風のことだったと分かるんだけど。

長瀬:その彼は高校の時に僕が毎日遊んでいた友達だったので。そうしてしばらくしてから出会ったんだよね……。

——そいつが下町出身だったから、てっきりジャイアンも下町の人だと思っていた。そうしたら、横浜の人だと聞いて。しかも偶然僕の叔母が喫茶店をやっていた街の人だった。僕のいとこ、つまりその叔母の息子が、レンタルビデオ屋でバイトしていたんだけど、何とそこで一緒にバイトしていたという(笑)。

長瀬:アシスタント時代って、映画をいっぱい見たいじゃないですか。だから、月に1回でも楽なシフトで入れるようなレンタル屋にシフトで入った。で、もう一人が鳥羽君のいとこだったという。

——ところでジャイアンって、女子校出身なんだよね(笑)。

長瀬:そうそう。大学や専門学校というのは、自分が知識を身につけるために行くところだと思っていたの。でも、芸術を学びたいと思った時、いつでも行けるように高卒資格は取っておこうかなと思って。でもアシスタントの仕事は始めちゃっていたので、通信制でいいかなと。で、その時にたまたま願書を出したらすぐに入れそうだった学校が、巣鴨にある女子校の通信科だったの。女子高だったのに、何故か通信科だけ共学だったんだよね(笑)。

——だからジャイアンは常々、「文化を皆勤賞モノで通って、ましてや馬場さんのアシスタントになったようなエリートが、いまは違う仕事をしていて、女子校卒業の自分がスタイリストで食っているのは不思議だ」と言っている(笑)。

長瀬:そうそう。本当に僕は加賀美君に会わなかったら、スタイリストになれていなかったかもしれない。

加賀美:そう言われると何だか嬉しいですね。

 

〜 真実とか真相なんてどうでもいい 〜

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長瀬:加賀美君が発信している作品って、ものすごくテンションが高いですよね。漠然とした言い方になっちゃうけど、面白い言葉もあれば、単純に心に響く言葉もあるし、意味とか関係なく湧き出たような、ひとつひとつが核心っぽい言葉もあって。

加賀美:そうですか? 何か嬉しいですね。

——僕らにはビンビン届いていますよ。

長瀬:“面白いもの”と思うのは、それを知ったか/知らないか、フィルターを通して見たか/見ていなかったかの差だと思う。そこで全然見え方が変わるじゃないですか。だから“洗脳”という言葉を使うと悪く捉えられるかもしれないけど、面白いものって、洗脳の繰り返しなんじゃないかと思うんです。ちょっとしたフィルターの通し方が違うだけで、良いイメージにも悪いイメージにも受け取れるし。いまは情報が多いから、これからは自分がどういう嗅覚で情報やカルチャーをピックアップして、どう触れていくのかが、これからは重要なんじゃないのかな。

——伝わり方やフィルターというのは重要だと思う。20代の初めくらいの頃に、同い年で学生の頃から付き合っていた知人が結婚したんですよ。チャペルで行ったその結婚式で、外人の神父さんが出てきた。いかにも胡散臭いインチキ外国人神父で、またそれがどうでもいい話をするんです(笑)。でも、普通なら笑いを堪えるような場面で、新婦側の出席者はみんな泣いていた。

 長瀬:何だかいいねえ、それ。

——あと、先日アルファミュージックライブというコンサートを観に行ったら、途中でシーナ&ロケッツが出てきて、鮎川(誠)さん今年亡くなったシーナさんとの思い出話をはじめて。それがたどたどしい博多弁だったんですが、聞いていたら何だか泣けてきて。あれって、もしも流暢な標準語だったら、そこまで泣かなかったんじゃないかなって。加賀美さんは、自分のアートを見て泣かれたらどう感じます?

加賀美:だいたい笑われるか怒られるかなんで(笑)。北京で展示をやった時、チン○ンの立ったETが十字架に張り付いている作品を作ったら、お金持ちっぽいクリスチャンのおばさんが「これについて説明しなさい!」ってむちゃくちゃ怒って(笑)。

——そういえば、青森に“キリストの墓”があるの知ってますか? 張り付けにあったのはイエスの弟のイスキリって人で、実はイエスはエルサレムから船で脱出して八戸に着いたと。で、青森に定住したという、まぁ大嘘と言われている話なんですが(笑)、ともかく盛り土に十字架の差さった墓があるんですよ。その辺りの国道に標識もあるし。それをハワイから来た友達に話したら、すごくびっくりしていた。「それはスキャンダルだよ、これまでの人生で一番驚いた話だよ」と。僕もそんなに驚かれるとは思ってなかったから、ちょっと後に引けなくなってしまった(笑)

加賀美:ホテルでアートフェアをやったときに、2mくらいのウ○コを作ったんですよ。それをベットの上に置いて展示したら、和服を着たお金持ちそうなおばちゃんが「これは焼き芋ですか?」って。ほとんどの人はウ○コだと思うはずの見映えなんだけど、そもそもそれがあるなんて概念がないから、その方には焼き芋に見えたわけですよね。それって何だかすごいなって。

長瀬:最近、真実とか真相とかが、若干どうでも良くなる時があって。全部自分の都合の良い捉え方をしていれば、それでいいんじゃないかなって。ピンクハウスの服が好きなおばちゃんは、ピンクハウスを着たまま死にたいと思うじゃないですか。でも、いまはユニクロとかが全盛で、どこかでそんな考え持つと白い目で見られる、みたいな風潮がある。でもあの人たちは、本心では金子功(デザイナー)の世界とビタ一文ズレたくないはずでしょ? 真実が、世間がどうとかなんて気にしないで、自分の良いと思う世界に浸っている人がもっと増えれば、いろいろなことが面白くなるんじゃないかと思うんですけどね——それにしてもこうしてコーヒーの場を通してカルチャーの話をしたり、気になることをピックアップできるというのはいいですね。そもそも僕はTORIBA COFFEEが出来てからコーヒーを飲めるようになったし。

——僕はコーヒーの雑誌とかコーヒー特集って、お話をいただいてもあまり出られないんですよ。それは大半の場合、先方に書きたいことがあって、でも僕は彼らが言って欲しいようなことをあまり言わなくて、話が噛み合わないから。たまに良いお話もいただくんですが、すると今度は編集されたテキストから大事なことが伝わってこないんですね。だからこの連載は自由なものにしたいんです。たとえば、小説ってシェイクスピアの時代にはなかった概念で、全て戯曲だった。だから彼らが書いたことはミュージカルでも再現できる。自分の思いを伝える表現方法がいろいろある中で、昔はリミットがあったけど、いまはある意味どんな表現でも出来る時代ですよね。でも日本人って、もともと“お膳立て”が好きでしょ? 僕はその反動からなのか、コーヒーで何かやろうと考えると、だいたいコーヒー以外のことに行き着いちゃうんですよね。

加賀美:コーヒーってファッションになってきちゃっている気がする。コーヒーを入れるスタイル自体が。

——それならそれでいいと思うこともあるんです。ただ、コーヒーに目をつける人たちがファッションで全くイケていない人たちだったり、そもそも落ち目だったりすることがある。そういう人が首を突っ込めば突っ込むほど、残念ながらそういう形だけの傾向に陥ってしまう。もちろん儲けも大事だけれど、僕らはそれ以外に大事なことがいっぱいあると思っている。特に、当たり前のことを当たり前にすることも大事だと思う。結局僕たちが何をやっているかといえば、自分達が焼ける量しか焼かないし、売れる量しか用意しないから、完全に効率が悪い。でもそういう「当たり前」のことが、これからは意外と重要になっていくんじゃないのかなと思うんです。みんな意外とやっていなかったりするから(笑)

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(プロフィール)

加賀美健……1974年東京生まれ。現代美術アーティスト。国内外を問わず多くの美術展に参加。ドローイング、彫刻などニューメディアを使った作品を多く手がけている。PEZやBarry McGeeの所属するD.F.W.というグラフィティクルーの一員主な展覧会に「加賀美健 Bronze works 2013-2014」 (2014年 MISAKO & ROSEN、東京)、「スコット・リーダー 加賀美健 The Future is Stupid」(2013年 ザ・グリーン・ギャラリー、ミルウォーキー)、「アートがあれば2」(2013年東京オペラシティーアートギャラリー、東京)など。アパレルブランドとのコラボレーションも多数。東京・代官山にて自身が手掛けるセレクトショップ「ストレンジ・ストア」にて、Tシャツなどのオリジナルアイテムを発表・販売している。

Web http://kenkagamiart.blogspot.jp

Instagram kenkagami

 

長瀬哲朗……横浜生まれ。1996年に独立。メンズ・レディースを問わず、国内外の雑誌、広告、ショー、TV、映画、演劇、音楽、エキシビションなどあらゆる媒体を横断するスタイリストとして活動し、そのディレクション能力を高く評価されている。またスタイリング以外でも、洋服にとどまらず様々な企業や商品などでクリエイティブ・ディレクションの依頼も多い。通称“ジャイアン”。

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