毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。今回は前回からの後編として、“新吉原”という土産物ブランドのデザイナーであり“岡野弥生商店”のを営む岡野弥生さんと、日本初となった遊郭専門の書店・出版社の“カストリ書房”を営む渡辺豪さんを迎えてお届けします。岡野さんは江戸時代の遊郭から始まり、今は日本一のソープランド街としてその名が知られている東京は吉原の出身です。色街の歴史を背景に、豊かな遊び心から生まれた艶っぽい土産ものが話題を集めています。一方の渡辺さんは、IT企業から出版・書店経営を始めたばかりというユニークな経歴の持ち主です。今回はお互い身近な距離に店舗を構えているお二人に、その生い立ちから今後の展望までを大いに語っていただきました。ぜひともお楽しみください。
(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:石毛倫太郎。構成:内田正樹)
——お二人はどういう子供時代を過ごしてきたんですか?
渡辺:僕は田舎で育ちました。周りにコンビニなんか一軒もなかったですし、信号機もなかった。夏はカブトムシを捕まえるくらいしか娯楽がなかった。田舎の子って虫カゴを持って網を持ってっていうイメージがよく出てくるけど、あれは都会っ子が描く田舎の子のイメージですから。ネイティブは頭にカブトムシ乗っけてそこに帽子かぶるの(笑)。
岡野:ネイティブ(笑)。私は台東病院の横あたりで育ちました。ちっちゃい頃は習い事やっていて、あんまり遊んでなかったな。それこそ吉原にある蕎麦屋の娘が同級生で、そっちのほうに遊びに行って。
——当時と今との違いは?
岡野:やっぱりお店は減りましたよ。キラキラ感がないですもん。昔はもっとキラキラしていた。ネオンがキレイだった記憶がすごくある。私、ネオンが好きみたいで。私の両親は公務員で、警察官と学校の先生なんですが。
渡辺:あ、うちも公務員です。僕以外、全員公務員(笑)。
——なんか共通項が見えてきた(笑)。
渡辺:そういう両親に商売の感覚って理解してもらえました?
岡野:あー、もらえなかった!
渡辺:そうですよね。勤めることは理解してもらえるけど、商いっていう考え方がまず理解できない。一番は日の丸株式会社、つまり公務員。
岡野:そうそうそう!(笑)。「大丈夫なの!?」みたいな感じで。
——でもうちは完全に商売人の家ですが、それはそれでまた問題があって。特に成功しちゃっている親と「自分が正しい」になっちゃうので、そうすると人が考えを理解することができなかったりする。だからコーヒー屋やる時に一番揉めたのは「紅茶も出せ」という話から始まって……。
一同「(笑)」
——要は隣に客を獲られるぐらいならうちで全部押さえろという考え方ですね。でも最近日経か何かに載っていた虎屋の黒川さんの記事を読んだらと、隣に勝たなきゃいけないという考え方の時点でアウトだとおっしゃっていた。虎屋って一人勝ちだけど、きっと与えていることのほうが多いわけで。隣の和菓子屋からお客さんを獲ることを考えていたら、たぶんああはならないんでしょうね。でもうちの父はいまだに「勝ち続けて死ぬ」と言っていますから(笑)。両極端ですよね。でもきっとどっちも正しい(笑)。
渡辺:鳥羽さん、ご兄弟は?
——兄がいます。二人兄弟の兄です。
渡辺:僕も次男坊ですよ。次男坊は次男坊で独特なものがありますよね。
——そうですね。ただ、最近になってやっと兄のプレッシャーってすごいだろうなあと分かってきました。僕と兄は13歳も離れているけど、僕は元々ちょっと斜めにものを見る傾向があったので。やっぱり兄の方がお金についてとか、シャープなことを言えますからね。岡野さんは?
岡野:私は長女。弟がいます。いつか弟を雇いたいなって思ってる。でも家族ってどこかイライラしちゃう時もあるから、雇えないような気もちょっとしていて(笑)。
——でもレペゼン地元、グッズ、ファミリー感って、やっぱりグランドロイヤル感ありますね(前回参照)。
岡野:あははは!(笑)。
——岡野さんは商品構成をあまり増やしていませんね。
岡野:単に手が回っていないんですけど(笑)、まあマイペースですね。
——でも自分が把握できる範囲というのがすごくいいというか、僕はしっくりくる。コーヒー屋でもいろんな人いる。それこそカルディだってコーヒー屋だし、紀ノ国屋や伊勢丹だってコーヒーを売っているわけです。その中で商品構成が増えて売り上げを上げていくのは、どうも今の時代から離れて見えるんですよね。「あなたは何をやっているんですか?」と聞かれた時に答えにくい。「弥生さんは何を売っているんですか?」と訊かれたら「ボールペンとか手拭い」と答えられる。それってすごくいいと思うんです。
岡野:まあこのままやっていけるかどうかは分からないですけどね(笑)。まだ目の前のことをこなしていくことにいっぱいいっぱいで、そんな先のことまで考えられなくて(笑)。渡辺さんはその辺りをすごく考えていますよね。
渡辺:いえいえ、僕もまだ見えている範囲のことだけですよ。
——前にこの対談に出てもらったデザイナーの小林節正さんが中目黒でカウブックスという本屋さんをやっていて。あそこをやられた時に、彼はいいパートナーに恵まれたので開店したと話していました。僕はカウブックスに行くとちゃんと買いたい本があって、それは松浦弥太郎さんという人のフィルターを通ったセレクションが並んでいるからこそ。だから仮に値段が他の2倍でも多分僕は買う。渡辺さんの本屋さんは、それをさらに凝縮した感じがしますね。行ったら買わないで帰ることはないし、極端なことを言えば、中身を見なくても不安がない。そういう信頼をしているお客さんを持っているファッションブランドってあると思うんですよ。多分三宅一生さんとかそうだと思うんですが。
渡辺:ポジションとして近いのは、顔の見える農家の野菜なのかなと(笑)。自分で作って自分で売るというパターンだし、事業の回し方も似ていると思うし。
——いま店頭に並んでいるタイトル数は?
渡辺:自分で作った分で発行したタイトルだと20弱ですね。加えて他社さんの本も仕入れているので、古書の数では100ぐらいかな。
——一人で回していると考えたら、決して少なくはない。でも店舗は本屋さん感が薄いですよね。スカっとしているし、平置きだし。
岡野:こないだも「豆腐屋かと思った」と言ってた人がいたもんね(笑)。
——お二人は自分自身がすごく頑張っている方だという感覚はありますか?
岡野:どちらかと言えばある程度は頑張らなきゃいけないんだろうなっていう(笑)。
渡辺:そうですね。食っていく為には、「頑張ってないですよ」なんて言っていられない(笑)。
岡野:飲みに出ても、全部仕事に関わっちゃっているから。
渡辺:僕もですね。自分にとっての余暇の時間の過ごし方として飲みに行くんですけど、全く関係ない人と喋るのが気晴らしになっているのかもしれない。テニスとかゴルフとかそういう趣味らしい趣味がないもので。
岡野:私もない(笑)。
——例えば岡野さんが10年前にこの店をやっていたとしたらもう少し向かい風を感じたかもしれない。でも今は時代的にも岡野さんがやっていることを理解する人たちが増えているんじゃないかと思うのですが。
岡野:それよりも自分の年齢のほうが大きいかな。10年前だと20代後半でしょ。それで今のこれを始めてたらやり方が違っていたでしょうね。
——もっと派手にやっていた?
岡野:チャラくなっていたかもなって(笑)。
渡辺:僕も10年前だったらまず販路としてネットで売れなかったと思う。
岡野:ネットは大きい。10年前だったら自分でここまで宣伝できなかったもん。SNSもほぼなかったし。
——いま70代ぐらいの企業人って、みんな「インターネットを使わないでどうする?」という考え方がどこかにある。すぐにECサイトを作るとかインターネットに繋がるものを作ろうとする。「インターネットの時代だ!」っていま言っている人たちは、「ばっちりお金かけてやれ」って言いますよね。
岡野:けど、それが回収できるかというと回収できない気がして。
渡辺:ねえ。ちょっと前ならともかく今はどうなのか怪しいし。
——やっぱり冷静ですね。渡辺さんはとにかくイニシャルコストを下げることが当初からコンセプトにあったんですか?
渡辺:ありました。何も経験ないところからの創業ですからね。博打を打ってどう大きく勝つかじゃなくて、転んでも痛くないモデルを作ることの方が大事に思えました。だからこそ店内の初期投資も殆どかけなかったし、本を刷る時も数百部から刷って。仮にヒットしたら、そこでさらに数千を刷ればいいだけの話なので。最初から博打する必要はないなと思っていました。
——ここまで冷静な経営者の方もなかなか会えない。
岡野:あははは!
——岡野さんも同じマインドですか?
岡野:私は最初から在庫を抱えなきゃいけないスタイルなので割合リスクが大きいんですよ。
渡辺:岡野さんの商品の値付けは結構独特ですよね。
岡野:そっか。どちらかというと安いって言われるけど。原価が高いんで儲けがあまりなくて(笑)。もっと上げなよと卸先からも言われるんですが、それを上げちゃうと土産物としてはちょっと違うかなあと思って。
——リピーターについては?
岡野:一度買った人が他の人にあげるために買いに来てくれますね。お土産屋さんなので(笑)。
渡辺:うちの店でも岡野さんの商品を置かせて貰ってますけど「これをあいつにあげよう」って買っていく人が圧倒的に多かったですね。
——コーヒー屋もそうですね。
岡野:そう考えると土産物は広がりやすいのかも。
渡辺:1対1で終わらないですからね。そこから先が広がっていく。
——外人さんもいらっしゃいますか?
岡野:あまり来ないです。そこは人種ではなく感覚の問題かもしれない。日本人でも分からない人は「日本っぽいのねー」で終わるし(笑)。
——なるほど。いろいろと勉強になるなあ。
——渡辺さんに聞きたかったんですが、遊郭とかそういう類って、国内だと最近ではどの街がすごいんでしょうか?
岡野:ああ、その話(笑)。
渡辺:いや、その質問の答えは本当に難しい。
鳥羽:入った瞬間にピリッとくるようなところってあるでしょ?
渡辺:難しいんですねえ……まあそういう場所もどんどん取り壊しにあっているのでもうなくなってきていますけどね。今年の年末年始に九州の天草とか島原の田舎の島の方ヘ行ってきたんですが、ちょっとバイパスに行くとみんな同じ景色ですからね。ショッピングモールがあって、ファストファッションがあって。
——そういうピリッと感みたいなのが、最近どんどんなくなってきているんですかね? この前、韓国行った時に遊郭みたいなところがあったんですけど、ほんとに入っちゃいけないところだなと思いました。これはヤバいなと。しかもみんなケンカ腰なんですよ。「お前ら見るだけじゃなくて、ちゃんと遊んでいくんだろうな!?」みたいな。
一同(笑)
渡辺:自分も動画でしか見たことないような場所が多いですけど、貧しい土地にはその手の業種って必ずあるし、やっぱり怖さはありますよね。都内には、もうそういう場所はほぼないし、近郊だと川崎にちょっとあるぐらいですかね。ちょんの間ですけど。さっき話題になった(前回参照)フィリピンパブのほうが、まだ一期一会で取り交わされるコミュニケーションとしては面白みが残っているのかもしれないですね。女性を口説いてみるにしても。
——僕、口説きは全く求めていなくて。単に見に行きたいだけなんですけどね。
渡辺:まあだから僕が扱っている本の内容は、あまり冗談半分でやっちゃいけないなという気持ちもあります。こうして調子に乗ってメディアに出て、ペロッと喋った話で炎上しちゃうということも、決してなくはないと思うので。そこは気をつけたいと思っています。
——渡辺さんの扱っている書籍のラインナップの内容は資料寄りか情緒のある物語寄りかで言うと……。
渡辺:資料寄りですね。いわゆる文芸作品とかじゃなくて。文芸作品はもちろん面白いんだけど、時代によってどんどん価値観が変わってしまい、共感できない部分も増えてきちゃうんですよね。でも価値観は螺旋階段のように回り続けるから、一周回ってタイミングが合うときに、情感のある文芸作品を出せれば面白いと思ってます。
——資料は淡々と事実っぽいことを語っているんだけど、熱い想いが思いっきり後ろに感じられるんですよ。「最近の主婦はこうだ!」って書いてあるんですけど、それ、絶対君の意見だよね?っていう(笑)。
一同(笑)。
——ただそれが僕はすごく好きなんです。昔のコーヒーの本も似ているんですよ。「コーヒーのルールはこうだ!」って書いてあるんですけど、まあだいたい嘘というかその人の思い込みですよね(笑)。「コーヒー飲んで眠くなるのは嘘だ!」みたいなことを書くんですよ。「嘘だ! でも証拠はない! 俺が証拠だ!」みたいな(笑)。だけどその熱い思いでグッとさせられるので、やっぱりそういう本は読む。最近の本はあえてそこを避ける傾向にあるので、あまり面白くないんですよね。
渡辺:なるほど。そうかもしれませんね。
——僕も吉原で案内喫茶じゃない喫茶を開こうかな。
渡辺:それこそ吉原にもあるんですよ、純喫茶じゃなくてちょっとオシャレな店が。結構お客さん入っていて。
岡野:吉原で働いている女の子達もご飯を食べに来るんです。
渡辺:意外とニーズがありそうな気がしますね。
——カッコよくやりたいですよね。先週も山谷で“バッハ”という店に行ってきたんですが、そこは僕が唯一尊敬しているコーヒー屋さんでして。
岡野:そういうコーヒー屋が山谷にあるっていうのがすごいでしょ!(笑)。
——本当に日本を代表するコーヒーの歴史を作ってきた喫茶店ですからね。店主の奥さまの実家が山谷だったそうで。
渡辺:又聞きですけど、労働者の街にもちゃんと美味しいコーヒーを飲みたい人がいるだろうということで始まった店だ、みたいなことは、耳にしましたけど。
——だからコーヒー1杯が350円なのかな。それは昔から絶対に変わらないんですよ。それはなぜかと訊いたら、土地柄上、突然店に来なくなっちゃう人がいて、だいたいそういう人は無縁仏になると。だからみんなで無縁仏のお墓を作ろうというのが最初にあって。50円とかだとおつりからカンパしやすいじゃないですか。それで無縁仏の墓を作ってあげたという話があるそうなんですが、そういういい話を雑誌とかメディアは書かないんだよね。
やれコーヒー特集だサードウェーブ特集だとなると、そういう物語はいらないんですよ。でも本当はコーヒーの真髄ってそこにあるはずだと僕は思っていて。バッハを聴きながらコーヒーを飲むっていうことが、どんな人に対しても平等にやれるっていうのはすごいことですよ。僕はこうして銀座で店をやっていますが、銀座に来るお客さんだけをイメージするのではなく、どこからどんな人が来ても、どんと構えていられるような気持ちを大事にしなきゃいけないなと思うんですよ。
渡辺:そうですね。僕もいずれはもう一店舗ぐらいは出したいなあと思っていて。
——その際は声を掛けて下さいね。
渡辺:ありがとうございます。でもつくづく場所は大事だなあと思います。だから僕のお店に来てくれているお客さんは、吉原にあるっていうことに一番強いモチベーションを持って来てくれているので。
岡野:特に今まで行く理由がなかった人には新鮮なのかもしれない。
——ちなみに岡野さんは今までお付き合いした人とか「吉原に住んでいるの」と言うと、どういう反応がありましたか?
岡野:うーん、あんまり言ってこなかったかな。まあ言ったところでそこに反応するのっておじさんしかいないしね。
一同(笑)
——まあそれもそうですよね。今日はありがとうございました。
(プロフィール)
岡野弥生……東京都台東区生まれ。出版社に勤務した後、2014年夏、自身のブランド“新吉原”を立ち上げて、土産物の企画販売をスタート。2016年5月に岡野弥生商店を浅草にオープンさせた。
岡野弥生商店……東京都西浅草3-27-10-102
12:00〜18:00 不定休
新吉原:http://www.shin-yoshiwara.com/
渡辺豪……出版・編集業、書店主。IT企業でデザイナーなどを務めた後、2015年に遊郭に関する書籍を発行する“カストリ出版”を創業。2016年9月に自身の出版物を中心に扱う書店“カストリ書房”をオープンさせた。
カストリ書房……東京都台東区千束4-11-12
10:00〜19:00
無休(臨時休あり)
カストリ書房:https://kastoribookstore.blogspot.jp/