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2017.06.16 COFFEE PEOPLE ~ Vol.19 尾嵜彰廣 ~

毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。第19回目は神宗八代目当主で、現在は株式会社 宗達の代表取締役、尾嵜彰廣さんが登場です。

神宗は1781(天明元)年に創業した老舗昆布店です。また宗達は“だし工房 宗達 京都店”を京都市中京区に構えています。同店で販売されている“一番だしパック 行平”(全5種類)は、何とコーヒーと同じようにドリッパーとサイフォンをつかって抽出することが推奨されているのです。

人工甘味料を一切使わず、自然の味だけで歴史のある商売を続けてきた尾嵜さんに、和食の基礎であり日本人の命の源にも繋がる“だし”の様々について訊きました。さらに話題は日本の食文化全般へ。現代人の食生活、その現状を紐解く上でも興味深い対談となりました。ぜひお楽しみください。

(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:石毛倫太郎。構成:内田正樹)

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だしは裏方。食材に勝ってはいけない

——だしに使われる鰹の良し悪しの判別というのは、素人からするとかなり分かり辛い気がしますが。

「もちろん鰹にも美味しい/マズいがあります。やっぱり大量に作らないと平均値が取れない。ちょっとした料理屋さんは、平均値が取れないまま出している。もちろん美味しいお店もあるけれど、大抵少量で作るでしょ? やっぱり大量にだしを取らないと美味しい味は取れない。そこで例えばちょっと削り方を考えて、大ロットで取れるだしにほぼ近い味を小ロットで出そうとするんです。あとは水によりますね。軟水がいい。コーヒーは硬水が向いていると聞きますけど?」

——エスプレッソは絶対に硬水のほうが美味しいと思います。ただ、日本のコーヒー文化は軟水で続いてきたものなので、ドリップで淹れるというのは、挽き方や焙煎の仕方まで含めて、エグみを出さないような方向でやってきたんだと思います。実は先日、宮崎県のあるレストランさんのコーヒーに携わることになって、東京で味を決めて納品しに行ったんですが、豆を何グラムで水を何リッターでと決めて、スタッフからレシピを預かったんですが、実際に現地で淹れたらもう濃くて飲めないんですよ。すぐスタッフに電話して、「何でいい加減なことするんだ」って怒ったら「いや、ちゃんと合っています」と。で、考えた結果、水の違いだったんですよ。

「ああ、なるほど」

——で、その店で使っている水を送ってもらって東京で淹れてみたらすごく濃く出た。ですから科学的な考え方は置いておくとしても、お客様に強制することにもなりかねないので、基本的には水道水を浄水したものを基準に薦めています。

「水道水なら大抵は軟水ですものね」

——硬水でエスプレッソなんか淹れると、圧力かけて抽出するのでどうやっても味が濃くなる。だからヨーロッパで飲むエスプレッソの味に慣れている人にとって、日本のエスプレッソって全く違うんです。エグいし味が濃い。反対に、硬水だとだしはどういう味になるんでしょうか?

「味がしないはずです。関東には昆布屋さんがない。昆布文化がなかったのは水が悪かったから。でも鰹は東京の水にマッチするんですよ」

——それは香りが強いからですか?

「そうそう。いろいろマッチングするんですよ。だから蕎麦屋さんに行っても昆布を使わない。まあ仮に昆布を使っても、昆布から味が出てこないですけど」

——それは東京のほうが、水が硬いからですか?

「そう。硬いんです。だからどうしても出ない」

——じゃあ東京はちょっと不利というか。

「そんなことはない。いい悪いじゃなしに、やっぱり相性なんでしょうね」

——そうですよね。だって昆布が獲れる場所からの距離で考えたら、東京は別に昆布使ってもおかしくない。

「鰹はイノシン酸で昆布はグルタミン酸なんでね。合わせることにより1+1で7ぐらいの相乗効果がぐっと出てくるんですよ。もともと関西のだしはブレンドの考え方なんですね。で、大阪は真昆布や本枯れ節を使う。京都は利尻昆布で鮪節を使うなど、関西でも色分けがあった。でもちょっと西へ行って、神戸から播磨のほうへ行くといりこを使う。食文化が完全にがらっと変わってしまうんです」

——乾物ですから基本的には移動を考えて商売をやってきたわけですよね。

「そう。それが大阪に天下の台所として集約されてきた。土佐から鰹節も来るし、北前船で昆布も来た。で、我々も江戸時代からやっていますので、その流れを汲みながら今日までやってきたんですよ」

——まさにその土地に根差した考え方ですね。先日、メキシコシティに行って、日系メキシコ人経営のラーメン屋さんのシェフに会ったのです。彼は日本人なのですが、彼の前のシェフが決めたとんこつラーメンを魚介と醤油味に切り替えたと。何故かといえば、水が硬く、高度が高いメキシコではとんこつの味を出すことは出来ないから。でも前のシェフはとんこつの作り方しかしらないし、変えようとも思わなかったわけです。実際与えられた環境の中で、最善の方法を考えたら魚介醤油だったんですね。このように、どうやったらいま自分がやれる最高の仕事が尽くせるかを、最近の日本の食文化や飲料文化はあまり考えてこられなかったんじゃないかと。もちろん考えていらっしゃる方もいるとは思うんですけどね。尾嵜さんがやられてきた“だし工房 宗逹”では、だしをとるドリッパー、鰹節の削り方と様々な工夫されて、ブレンドの考え方も徹底的に考えてこられた。どういう追求からこうした工夫に行き着いたのか、すごく興味が湧きます。

「まず“駆逐されていない食材をもって日本文化を守る”というのが私のポリシーでして。昔よりもご飯離れが進み、お中元やお歳暮も送らなくなってきた。でも昔の食材が駆逐されているわけではない。醤油とか砂糖とかお酢とか、いま駆逐されていない商品は将来も残るだろうと。それを使いながら新しい段階にいけないかという思いがあった。それと、だしというのはそもそも裏方。あくまでもだしが美味しかったらダメなんですよ。ご飯を食べてだしが美味いなんて言うのは、本来よっぽどのプロだけのはずなんです。例えばお野菜やお魚のうま味を出す時に、そこでだしが勝ってしまったら、美味しいかもわからないけどその食材の味はないわけです。和食というのはそれが大きな特徴なんです。だしは食材を活かしてやる、フォローする役目なんです。最近の料理人は何かいろいろ混ぜて素材感を潰してしまう人が多い。でも単純なもの、素朴なものが美味しいんですよ。かといって本当に素朴な味は田舎料理になる。だから都会的な料理は、だしを使って洗練された味にせなあかん。そういうことをきっちりと皆さんに知っていただきたいなあという思いがありました」

——京都にある“だし工房 宗逹”の店舗は、どういうアイデアから現在の姿になったんですか?

「まずは商品が先に出来ましたね。料理屋さんに『簡単にできるだしを作ってくれ』と頼まれて、試行錯誤の後にまずは商品ができた。“だし工房 宗逹”の商品は特許を出してないんです。出したらレシピが全部分かりますんでね(笑)。で、これは商品になるなと思い、うちの得意さんは京都の料理屋さんが多かったんで、そこで知ってもらおうというので」

——あのお店には初めて見た時からものすごく可能性を感じました。まずだし屋って言っているのに、内装が真っ白じゃないですか。これまでのイメージだと、鰹節屋さんって木の箱に削ったのが入っているようなイメージじゃなかった。

「ありがとうございます。鰹節と昆布屋が一緒になったのが乾物屋。ところがだし専門店は、日本にはまだうちしかない。とくに“一番だし”をうたっている店もうちしかないんです。一番だしとは、鰹節と昆布をもって言うんですが」

——鰹節だけだと一番だしとは言えないんですね。

「言えない。ただの鰹だしですね」

——しかもだしをとるのにドリッパーを使う。宗逹で使っているドリッパーは、僕ももともと知っていた製品だったので、これでだしをとるのかと驚きました。そしてあのお店のラボのような雰囲気は、僕がTORIBA COFFEEを作る上でものすごく多大な影響を受けました(笑)。

「ありがとうございます。僕はコーヒーから多大な影響をいただいたのでおあいこですね(笑)。最初のコンセプトはコーヒー屋さんだったんですよ。壁に豆を並べるように、うちも昆布を並べて、そこにサイフォンを置く。そういう店をやりたかったんですよ。だからうちでは『この味が美味しいですよ』とは絶対に言わない。全てはお客さんの好みありき。関東圏だったら羅臼が好まれる。だから羅臼に合うおかずはこれですよ、配合はどうですか?と、お客様と話しながら作っていくんです。だしによって食生活の味が全部変わってきますんでね。でも例えば毎日同じだしで味噌汁飲んでるでしょ? すると飽きてくるんですよ(笑)。

——そうですね(笑)。実はここがひょっとしたらだし屋さんと違うんですが、コーヒーのブレンドって、TORIBA COFFEEでいうと例えば3キロとか5キロの単位で焼くんです。多くても10キロ。で、例えばブルーマウンテン30パーセント、ブラジル20パーセント……と混ぜたとするじゃないですか。そうして焼きあがった豆から1回12グラムをスプーンですくいますよね。すると毎回比率が違うんですよ。

「粉体はうまいこと混ざらないんですよ。我々も昆布の粉体をいろいろやっていますけど分離してしまう。粉体を混ぜるというのは非常に難しい作業なんですよね」

——だから豆の数で数えるか、豆の重さで測ってブレンドを毎回きっちり同じにするか。それをテーマにしなきゃいけないなって10年ぐらい前の自分は思っていたんです。だけど考えてみたら、毎回違うからいいんだと。脳としては毎回同じコーヒーを飲んでいでる。でも実際入ってくる液体の味は毎回微妙に違う。だからかえって飽きないっていうことに気が付いて。だからうちのメインはブレンドにしようと考え方になったんです。世の中はシングルオリジンって言って、1種類の豆がもてはやされています。でも最近はまたブレンドに戻ってきている。一番だしも鰹節と昆布のブレンドの比率や削り方で味が変わる。そういう部分ですごく似ている気がしますし、自分の考え方も間違ってはいなかったなって思うんです(笑)。

「なるほど。鰹節は1分ぐらいでだしが取れる。でも昆布は水出しだと下手したら1日かかる。つまりだしの出る速度が違うんですね。その出る速度を一緒にしたいなあと、まずは思ったんです。それを最初に思いついたきっかけがありましてね、ある時、贈り物で美味しくない関西風うどんをもらったんですよ」

——(笑)。

「ちょっと汁飲んだらマズいんでね、うちで出していた100パーセント天然とろろ昆布をパッと入れたら、パアッと芳醇な味になったんですよ。で、ああ、なるほど、これだと(笑)。それから“一番だしパック 行平”が出来上がるまでは早かったですね」

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品物を見極める目。味を見極める目。人を見極める目

——昆布のクオリティは毎年基本的には違うんですか?

「違います。豊作の時が出来がいい。お米なんかと一緒です。不作だと高くて美味しくないことがある」

——でも昆布は長期で保存できますよね。

「寝かせるんです。最初は“若い”。我々の専門用語で、まだこれは熟してないことを若いというんです」

——若いと香りが立つとか、何か利点はないんですか?

「昆布は香りじゃなくてあくまで味ですからね。若いと味が出にくい。それを1年ぐらい寝かすとまろやかになっていく。3年ぐらいが限度ですかね。それ以降は劣化していきます。10年もんがいいとかおっしゃる業者もいてるんですけど、うちはちょっと」

——コーヒーの場合は生豆の状態で保存して、それを使っていくんですが、新米と一緒で、最初って香りも一番あるんだけど、ただ水分が多いので焙煎しにくい。それから次の年の豆がくるので1年かけて消費していくっていうのが理想ではあるんですが、やっぱり味は抜けていってしまう。だからTORIBA COFFEEは豆の保存のために、湿度と温度を設定した倉庫を作っています。これなら状態はあまり悪くならない。

「同じですね。僕らもそういう倉庫に入れています」

——TORIBA COFFEEでは開業当時からまかないをスタッフ持ち回りで毎回作ることをルールにしてきたんですが、だしは必ず宗達のものを使っています。

「ありがとうございます(笑)」

——その理由を聞いてくるスタッフも聞かないスタッフもいるんですが、要は市販のだしの素を使って料理をするつもりなら、インスタントコーヒー作っている会社で働けばいいということですね。お客様に対して『飲む前に挽いてください。温度は80何度で』と偉そうに言っているのに、自分はコンビニで買った昼ごはん食べていたら、お客様に説得力がない。ただ宗達さんのだしは2分で出ちゃうんで、ちょっと説得力に欠けるんですが(笑)

一同「(笑)」

「ありがとうございます(笑)。でも、2分でも『めんどくさい』という印象を持たれる方がいらっしゃいます。あとは『(値段が)高い』とかも言われる(笑)。でも高くはないはずです。養殖ではない、本当にいい昆布を使ってだしを10リッター取るのと、市販の安いと思っていらっしゃる昆布とを比べてよく考えていただけたら、うちのほうが間違いなくおトクですからね」

——絶対そうですよね。まさにうちだってインスタントコーヒーを作ろうと思えば作れる。でもどうしてもそれに抵抗がある。それは自分たちが常に100点満点を目指そうとする時、インスタントコーヒーで100点満点を出すのは難しいと思うんです。

「そりゃそうでしょう。我々もそれはできない(笑)。変な話、だから大手はそれをやっているわけで。しかも「うちは無添加で」と言いながら、一方でそうじゃないものも売っているという。それは絶対おかしいなと思うんです」

——そうですね。宗達の製品って、もしかしたら真意を伝えたうえで理解をされるまでのプロセスが他の製品よりも時間がかかるかもしれない。だから京都のお店で実際にお客様の目の前でだしを取るところを見せて初めて“あ、こういうことなのね、簡単なのね”と理解してもらえる。

「だから本当にだしを取っている人がうちのお客様になるわけです。“ほんだし”を使っている人はうちには来ない。今までだし取ってきた人なら間違いなく「あ、これは便利だ」となる製品ですからね。

——まあ日本中どこもそうだと思うんですが、じゃあ東京で蕎麦やうどんを食べましょうという時に、だしをとってつゆを作る人はいまや本当に少ないですよね。

「業務用のだしががまた平均値が高いんですよ(笑)」

——そこも日本の典型ですよね。コンビニのご飯が結構美味しいのと一緒で(笑)。

「そう。平均値は高いんですよ(笑)。そしてその平均値の高さにみんな慣れてしまう。でもそれがいけない。つまり個性がない。例えば外国で和食屋に行って味が似ているのは、みんな同じ濃縮だしを使っているからで。もっと自分の家の味があっていいと思う。しかも料理人は、だしのこと、全く分からない人が多い」

——やっぱりそういうものですか。

「我々も辻調理専門学校で未来の料理人向けにレクチャーしていますが、何も知らずに就職してしまうと、要は師匠にあたる“おやっさん(親父さん)”のやってきたことしか知らないんですよ。うちの親父がこうやっていた、だからこの昆布を使ってきたという。で、卸し業者だって何も教えない(笑)。業者が一級というものが、うちでは三等だったりしますからね」

一同「(笑)」

「でも業者が『これいいですよ』と持ってきたら信じてしまう。情けないほどレベルの悪い業者が存在するんです」

——しかも営業さんというのは他のお客さん取ってなんぼだし、あそこより安く出しますとか、もっと色つけますというのがテクニックであって、味がどうこうという話ってほとんどしませんからね。それが日本の問屋さんとか卸し屋さんの商いの仕方だったりする。だからうちは卸しをやりたくないという気持ちがある。

「まったく一緒ですね。うちも頼まれない限りはしないし、その場合は相場に対するパーセンテージも全て伝えます。例えば昆布なら“昆布手帳”というのがあって、今年の取れ高はこうで、値段はキロこれで決まりましたという、いわば組合の一覧がある。でも業者によっては間に人が入って、その3倍も取ってますもん」

——昆布なら羅臼とか利尻とかいろいろありますが、収穫される現地には行かれるんですか?

「行きますね。行ってゴルフしてます(笑)相談はだいたい1時間ぐらいで終わってしまうので(笑)でも、行かないと情報がまわらない。だから明日も函館まで行ってきます。信頼のおける業者の案内で、海の中を見てくるんです」

——取れ高が予想よりも少ないこともあるんですか?

「あります。ちょっと時化だったら漁に出られないし、しかも昆布は2年で枯れてしまう。だから獲る時期にちょっと海が荒れたらもうダメ。まあダイバー雇うとか方法もあるんですが、ともかく浜は縄張り意識が強いので。あっちの浜が荒れてもこっちの浜から手伝いに行くことはまずない。要は分け合いたくないんです」

——まあ、そうやって守ってきた海なんでしょうね。

「ええ。みんなでやったらいいとも思いますけどね(笑)」

——コーヒーは、エチオピアでは今までバラバラに売っていたけど、最近は農協みたいなのができて一手にまとめることになったんです。で、ある一定のグレード以上のものを全部買い取ってそこから競りにかける。だから先入れ、先出し方式でやっていくと、買うほうはほとんどくじ引き状態ですね(笑)。あの農園のあそこが欲しいっていう買い方がもうできないんで、届いたものを見て『ああ、よかった』と安心するという」

「それも困りますね。昆布の場合は、同じ浜でもあの人が獲ったらいいとかはありますね。あとは後の仕上げが人によって違う。干し方とか、丁寧な仕事をする人がいるんです。検査品には漁師の名前のハンコが押してあるので、この人はいい人だとか分かるんですよ」

——ちなみに3年寝かす間に急激に劣化する昆布があったりとかは?

「それはないですね」

——コーヒーはあるんですよ(笑)。またシステムの話になるんですけど。近年オークションがけっこう多くなってきたんですね。コーヒーって得点があるんですよ。Qグレーダーという免許があって、アフリカの何とかさんと僕が同じコーヒーを飲んだらほぼ同じ得点がつくっていうシステムがあるんですね。それがもう会話になるというか。「ああ、今回のコーヒーは85点だよ」というやり方ができるんです。ただそのシステムができたがために、みんなで味見をする日に向かってだけいい豆を調整するヤツが出てきたんですよ(笑)。だからその日の得点はめちゃくちゃ高いのに、3ヵ月後に船で届くと“あれ?”という時があって(笑)」

「昆布では、それはないですね。品質はだいたい豊作の時に1等はもう選別されていますんでね。3等ぐらいの雑とかはあるんですが、我々は1等検を狙いますから、1等検にはそれはないですね」

——僕もそう言ってみたい(苦笑)。

「あとは品物を見極める目、味を見極める目、人を見極める目が大事ですね。違うものを混ぜてくるような輩もいますからね」

——コーヒーでもありますよ。「或る国」と言っても分かっちゃいますが、樽の中にテレフォンカードや石が入っていたりしますよ(笑)。

「雑なやつをちょっと箱の中に入れたり、箱まで作った業者もいるんですよ。立派な詐欺だし犯罪ですよ」

——昆布には中国産もありますよね?

「あります。大連とかね、日本の昆布の種を持って行くんですが、昆布って海の中で悪いもんまで吸うてまうんですよ。大連の海、汚れているんでね。綺麗な海でも汚れた海でも育つんで、その養分を吸ってしまうんですよ。だから中国産はものによっては汚泥の匂いがしてしまうんですね」

——やっぱりそうなんですね。

「で、向こうはそれを中国で洗うんですよ。そういうのが日本で昆布巻きに使われていたりする。ところが最近では、中国人が昆布を食べるようになったんで、あまり日本にもまわってこないんですけどね。よくスーパーで、200円300円で売っている昆布の佃煮なんて、よく出来てますよ。うまいこと作っている。本来はあんな値段でできるわけがない(笑)」

——ドン・キ○ーテとかで売ってるコーヒーも、どういう豆を使っているのか。うちの原価と一緒だぞ?と思う時がありますからね。

一同(笑)。

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命の要を他人に任せない

「今日は細切り昆布 天然うまみ製法(※昆布まるごとの旨味を追求して作り出した細切り昆布)もお持ちしました」

——ありがとうございます。これも本当に美味しい。もうあれさえあればご飯が……。

「マンニットを使ってますんでね。マンニットという白い粉をうちだけが抽出できているんですよ。昆布に白い粉浮いているでしょ? うちではあれを取れる技術があるんですよ。よくガムがくっつかない甘味料があるでしょ? あれは全部化学的なマンニット。うちは天然のマンニット。鰹節も酸化するんですよ。いい鰹節ほど酸化する。でもマンニットを入れてやると酸味がぽっと消えてしまう。昆布の味がしなくて、昆布が勝つんじゃなしに甘味で酸味がぽっと消えてしまうんです」

——いまTORIBA COFFEEのスタッフは平均年齢20代なんですが、彼らはこれまで宗達さんの一番だしのような自然由来の味を当たり前に食べるような生活をしてこなかったと思う。だから最初、まかないを作ることにもかなりの反発があったんです。でもたぶん彼らも当たり前にコンビニのご飯とかを食べなくなってくるはずです。当たり前のベースが宗達の一番だしで良くなってくるわけですから」

「一週間続けてほしい。化学調味料を使わないで、こういうだしを使った食生活を。舌が完全に変わります。我々は小学校に教えに行っているんですよ。だしで食育ですね。そこで水で溶いた味噌汁とだしで溶いた味噌汁を出すと、大人は水で溶いたのが美味しいって手を挙げます。ところが不思議なもので、子供たちは100パーセントだしの方を当てます」

——子どもの味覚のほうが大人より優れているんですね。

「うちで出版している本(『宗逹 だし噺』小川鐘平:著 ゆめメディア刊)に書いてあるんですけど、例えばマギーブイヨンとほんだしって同じような材料を使っているんですね。おかしいでしょ?」

——洋風と和風なのに(笑)。

「そう(笑)。成分分析をして書いてあるんですが」

——(本の成分表を読みながら)食塩、砂糖、デキストリン……。

「デキストリンなんて和風だしも使いますからね(笑)。だから安くつくんですよ」

——最近変わってはきましたけど、安く提供することが美徳みたいなところも日本の商習慣にはありましたからね。要するに、良いものは高いのが当たり前、理解する人たちがようやく増えてきたということだと思うんですけど。

「コンビニのおにぎりなんて、ただご飯と海苔だけのはずなのに、なんでこんなにたくさんのものが入っているのか。僕は別にそれはいいと思うんですよ、そういう食品があってもね。身体に悪いというデータも何も出てないわけですし、批判したいわけじゃないんです。ただ、そればかりだと舌の感覚がおかしくなるということは言いたい。本当の良いものが分からなくなってくる。麻痺してくるのでね」

——日本の保存食の追求は僕もすごく良い文化だと思っています。ところが保存料を使ったら、保存食じゃなくて“保存する食べ物”が出来てしまうんですよね。コンビニのおにぎりなんかまさにそうだし。コンビニで買って3日ぐらい忘れていたおにぎりが腐らないしカビも生えない。それを多くの人が当たり前だと思ってることは……。

「添加物のひとつひとつは悪いことないんですよ。ところが日本では複合的な調査がされてないんです。これとこれを足したらどういう化学反応が起こるかっていうことはなされてないんで。鰹節を輸出できないのは、鰹屋さんはいぶしているからダメだと言われるから。でも燻しているのがダメなことはないんですよ。向こうでもソーセージを燻していますからね。皮にペンゾピリンという発がん物質ついているんです。うちも本当はおにぎり屋をやりたい。ところが厳密に言えば雑菌は2時間で出てきてしまうので。手で握らなくても空気中の雑菌が。だから怖いんですよね」

——ロンドンのハロッズの食料品街にあるお寿司屋さんでは、みんなゴム手袋をして寿司を握っていますね。 

「酢飯はまだ持つほうですけどね」

——でも尾嵜さんが出すおにぎり屋は間違いなく美味しいでしょうから実現してほしいですね。

「大阪の店では出来立てを出して食べてもらっています。好評ですね。でも持って帰ってもらうのはやっていない(笑)」

——宗逹のお店でサイフォンの器械が置いてあって。聞いてみたら会長はドリップよりサイフォンのほうがお好きとのことだったので、今日はサイフォンを用意しました。見せていただけますか?

(※ここでお湯を沸かして、“一番だしパック 行平”から尾嵜氏自らだしをとる)

「関東は羅臼昆布のほうが人気ですね。京都は利尻昆布と鮪節なんですよ。もう大阪は天然真昆布と普通の本枯れ節。だから大阪の人が京都に行くと、なんか味がしっかりしてないとか言う。僕は利尻昆布と鰹節が好きですね。でも肉じゃがも同じだしでずっと食べていたら飽きてくる。そういう時は違うだしを使うと飽きてこない」

——だからだしパックは種類を設けてあるんですね。 

「そうです」

——そういうところまで含めて、うちのスタッフにはまかないを考えてほしいんですよね。

「どうぞ、京都に来ていただいたら簡単な料理をお教えしますよ?(笑)。料理教室もやってますんで」

——じゃあ次の社員研修は京都で(笑)。

「大抵の料理本には、『だしを何リットル』と書いてあっても、そのだしのとり方が書いてないんですよ。この本で料理界では重鎮の料理人の方が語っていらっしゃいますけれど、もう外で食べるなと(笑)。命の要を他人に任せるなとおっしゃっている。これには全く同感です。和食は日本人の原点です。若い時に洋食に流れても、年齢を重ねたら和食に帰ってきてほしいという想いがあります。例えばお粥というのは、病気も治るし非常に便利な食べ物です。ネットで調べると、ロタウイルスにかかったら、だしと白味噌を一緒に飲めと書いてあります。甘みとグルタミン酸を腸で吸収してくれるので回復がいいんですよ。うちの母親が病んでいた頃、点滴を打ってもダメだったのに、白味噌とだし飲ませてやったら一度驚異的に生き返ったんです」

——それはすごいですね。 

(※ここでだしが取れた)

——香りがすごい。

「これとみりんと醤油かだし醤油を4:1:1で使うとめんつゆができます」

——(だしを飲んで)はあ〜……。

一同「美味しい……」

「煮物にもめんつゆにもオールマイティで使えます」

——そう考えるとすごく簡単ですね。 

「簡単ですよ」

——今日は本当、勉強になりました。ありがとうございました。 

「とんでもない。お役に立てたらうれしいです」

 

(プロフィール)

おざき・あきひろ……1950年生まれ。1990年神宗8代目に。2013年に文化功労者で大阪市民表彰受賞。著書に『近松門左衛門名作文楽考①女殺油地獄』『同②心中天網島』(講談社刊、豊竹咲大夫との共著)がある。現在は株式会社 宗達の代表取締役を務める。

神宗……www.kansou.co.jp

だし工房 宗逹……www.kansou.co.jp/soutatu/index.html

神宗・宗逹オンラインストア……https://kansou.co.jp/shopping/

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