毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。第24回目はアパホテル社長・元谷芙美子さんと、スタイリスト・山本康一郎さんの登場です。元谷さんはアパホテルの社長であり、PRの顔として、ホテル同様に全国区の知名度を誇る人気者。一方、スタイリストのかたわら、ファッション誌において連載を持つ山本さんは、有名俳優からファッションブランドまで、知らない人はいない業界の重鎮的な存在です。山本さんが鳥羽と共に聞き手に回る形で、知られざる“アパ社長”とアパホテルの秘密に前後編で迫ります。この後編では、アパ社長が考える経営、さらには一流の定義について語っていただきました。ぜひお楽しみ下さい。
(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:石毛倫太郎。構成:内田正樹)
山本:社長がいま一番行きたいところは?
元谷:どこに行くかよりも、誰と行くかの方が大事ですね。誰と食べるか、誰とお話しするか。私も200歳までは生きれらないと思うと、もう時間も限られてきたので。
——ご夫婦で行きたいところとかは?
元谷:こないだびっくりしたんだけど、代表(※夫でありアパグループ代表の元谷外志雄)から5月の連休にオファーを受けて(笑)。「デートしないか」って。
——デートのオファーですか(笑)。
元谷:それで石垣のリゾートのはいむるぶしに。「うち、まだセンスが足りないから研究しようや」って。
山本:それ、仕事ですよね?(笑)。
元谷:でも二人だけで朝昼晩おりました。そんなこと久々でしたね。
——お仕事抜きでどこかへ何か行ってみたい、という気持ちはないのですか?
元谷:それはもう無理ですね。創業者夫婦ですし、骨の髄までお仕事が最優先なので。普通じゃないんですよ。仕事が遊びで、遊びが仕事なんです。だから辛いと思ったことが一度もない。仕事をさせていただくことが最高の喜びで。だから代表はお休みにならない。1日もお休みを取られない。
山本:社長は何か健康に気を配っておられますか?
元谷:全く。運動は体に悪いです。書いてください。あんなに運動するから早死にするんですよ。何で走りまくるの? 私は学生の頃、陸上部でしたから、もう一生ぶん走ったんで、これからも一切走りません(笑)。だいたい、一生のうちに走れる分量とか、お酒が呑める分量というのは決まっているものなので、無理しないほうが長生きするんです。雨が降っているのに義務感でいやいや走っても健康にはなりません。止めたほうがいい。
山本:勝負に勝った人が怠ってはいけないこととは?
元谷:油断大敵。私も含めてそうだよね。しっかりしなきゃいけない。原点を忘れないように、謙虚に。
山本:勝者の弱さってあると思うんですよね。
元谷:勝つことは負けることやから、気をつけないと。勝ち続けることは怖いですよ。もう負けに通じているんだから。
山本:そうですよね。確実に近づいていますもんね。
元谷:それを常に意識していれば間違わない。好事魔多しというか、私たちも一時期、耐震問題とかいろんなことでいろいろ叩かれました。でも鋼のように鍛えられて、そこからまた生まれ変われた。代表が偉かったのは、私たちは何も悪いことをしていなかったのに、恨み言のひとつも言わず、全部被りましたからね。アパを叩けっていう黒い流れに一度襲われたら、逆らってもダメ。でもやがて『ガイアの夜明け』とかいろんな番組で「アパは間違っていなかった」という趣旨の企画を組んで下さった。何があっても、昔から一度もブレたことがないのが我が社の誇りです。でもまだ日本一になれていないから。利益率はホテル業界において世界一ですけどね。
山本:では何が一位じゃないんですか?
元谷:規模とか部屋数とかで比べたら、私たちより少し多い会社がいらっしゃるんです。
山本:一等賞はお好きですか?
元谷:そうですね。勉強でも仕事でも、てっぺんを獲って晴れ晴れとした気持ちでいられたら最高だからね。
山本:僕はさっき(※前編参照)「社長から母性を感じる」と言いましたが、思えば母性とはどういうことなんでしょうかね。
元谷:私はうちの秘書も、お友達もお客様も、全て自分の息子としてお会いしています。私には垣根がないんです。バリアフリーなんで。人に垣根を作らないことが、まずは私の母性ですね。
山本:なるほど。では「商う」とは?
元谷:商いは“三方よし”の石田梅岩の精神ですよね。自分だけが商っていてはいけない。すべての皆さまに、アパと付き合うことによって幸せになっていただきたい。誤解を恐れずに言うと、良いホテルとは儲かるホテルなんですよ。赤字のホテルでは社会貢献ができないんです。世の企業の7割は納税義務を果たしていない。社会のインフラを使っておいて、それはありえない。きちんと納税している3割の会社の納税で全部を賄っているわけです。企業の責任というのは、需要を生んで、雇用を生むことです。納税は義務ですけど、それをサステナビリティに継続してトライアングルでやらなければ。社長としての一番の仕事はそこです。そこが出来ないとダメ。そして、それが出来るのが一流ということだと私は思います。いろんなボランティアや寄付もいいですけど、我こそはという実力の持ち主が、生業で納税義務を果たしてこそ、社会貢献だと私は思います。
山本:一流の定義についてもう少しお聞かせいただけますか。
元谷:(しばらく考えて…)嘘があってはいけないよね。詐欺師ではいけない。誠実でないといけない。それは絶対ですね。あとはやっぱりセンス。どう会社を経営して、どのように皆さんを幸せにして、その生業をどうもっていけるか。そういう根本がセンスとして備わっていないと。あとは私の考えの全ての根本はセーフティなんですよ。大げさではなく、宿というのは一夜の命を預かるんですよ。そうでしょ? 私も生身の人間で、いまは7万室近くの部屋を経営させていただいていますが、7万という数って、万に一つが1日7回あってもおかしくない数なんですよ。山本さんは先ほど(※前回)私に「短い睡眠時間ですね」と言って下さったけど、うちのホテルの従業員たちは3交代制で、ホテルは一年中休まず寝ない。ホテルは寝てはいけないんです。1年中休まずに、1日中電気を灯し、地域の商工会議所のような存在を越えて、危ないと時に頼りにしていただきたい。震災の時、仙台ではアパの周りのホテルは全てシャッターを閉めていました。でも自慢話でも何でもなく、アパは可能な限り全ての方を受け入れました。ロビーまで羽根布団を全部下ろして、既製品のスープで作れるものを作って、泥だらけになってもいいからと休んでいただきましたから。
山本:社長は人を強く信じる力をお持ちですよね。でも人を信じるのはすごく難しいことでもある。裏切られることが怖かったり。
元谷:そうですね。私、うちの息子の結婚相手も、後でいいところのお嬢さんやったって知ってびっくりしたんよね(笑)。
——つまり息子さんを信じていらっしゃるから詳しく訊かなかった?
元谷:そうそう。だって息子が連れてきたら、どんな方でもお受けしようと思っていましたもん。大学出ていなくても望むところだったし、何なら出してあげようと思ったし。私、うれしかったんです。代表から、「下手に男の子二人の後に女の子を産んだらダメや。どうせお嫁さんが来るんやから、おまえはお嫁さんを娘と思ってかわいがればいい」と言われていたんですよ。だからもう、かわいくてしょうがなくて。わずかな小遣いやけど、伊勢丹行ったら自分の服は置いといて、お嫁さんのものをまず買うんですよ。下着もお揃いなんです。二人ともサイズが一緒なの(笑)。
山本:こんなにルンルンで嫁の話をしているお姑さんっていいですね。なかなか人が人を信じられない世の中でもあります。人を信じられる力をつけるにはどうしたらいいんでしょうか?
元谷:そこは自分に自信させあれば、結局は信じてあげられるんだと思う。自分が不安だと、相手のことを信じられないんじゃなくて、そう判断する自分のことが信じられないんじゃないかな。本心を言うと、まったく力のない私が、代表やスタッフやお友達のおかげで、実力以上に幸せになれている。できれば死ぬまでこのままいかせていただければ本当にありがたい。でも運がいいからって有頂天になるんじゃなくて、少し大人になったんで感謝しなくちゃいけないなあと思っています。人間が基本的に好きなんですよ。
山本:怒ったりはしないんですか?
元谷:こないだテレビ番組でデヴィ夫人に「あぁた、下手だわぁ、怒り方が」と言われましたけど。10年に1回、20年に1回は怒ることがあって。その時は怒るのが天下一品だったそうで。うちの代表からも「気をつけ。お前、カリスマ性があってわしより怒るのうまいから、危険やぞ?」と言われました。だから私が怒ったら、多分みんなに会社を辞められてしまう(笑)。岩下志麻ばりにうまいみたいなんで。
山本:怒ったまま話が長い人ってたまにいますよね。
元谷:そんなのダメダメ。短く、グワっ!っと怒らないと、みんな死んじゃうか辞めちゃうかだもん。瞬間的な電気ショックをかけるように、生かしてあげないと。殺す為に言っているんじゃない。かわいくて言っているんやからね。それに、私、グチグチ言う性格じゃないんで、1回怒ったらスパッとしています。欲求不満の為に怒っているんじゃないから。でも愛情を持って怒るってすごいエネルギーが要る。
山本:要るでしょうね。でもそうしてご主人を支えながらここまで来られたんですよね。
元谷:ちゃんと支えられていないと思う。例えば代表が私から何かを発想されて「こいつは賢いなあ、ためになるなあ」と思ってもらえるような女じゃないんです。リラックス効果はあるかもしれないけど。
山本:でも全て言葉にしてくれるから、一緒にいて楽だと思いますよ?
元谷:ああ、たしかに楽は言われたことがある。プラス思考だし、泣かないし、怒らないし、受け止めるし。代表からも「自分と同じように研ぎ澄まされていて緊張感のあるような人と結婚していたら、おそらくもたなかった。僕と同じような女はイヤだ」と言われました。
山本:モヤモヤを言葉にしてくれるから、相手のモヤモヤが成仏するというか。ぜひ第二の瀬戸内寂聴さんになっていただきたい。
元谷:ありがとうございます。それではこれから気を入れ直して、皆さんに「ああ、いい人やったよ。ホテル社長さ、なんか派手であまり好きじゃなかったけど、会ったらすごく和むようないい人だったよ?」と思ってもらえるように頑張ります!
山本:もう話をまとめて下さっていますが(笑)。
元谷:私、「芸術は爆発だ!」の岡本太郎のお母様の岡本かの子さんのファンなの。彼女の詩でね、“年ごとに悩めることのみ多かりき”と。でもそこは置いといて、後半が好きなんですよ。“いよよ華やぐ命なりけり”という。私は悩みなんて全て気のせいやと思っているから、ともかく頓着しない。そういうふうに自分が引っかかって思うだけやから。あとは全てを母性愛で受け止めればいいんです。
——でもこちらが受け入れても、相手が受け入れてくれない時もあるじゃないですか?
元谷:それも気にしないの。だいたいはお返しとか、愛情の見返りを求めようと思うからおかしいことになる。だから片思いが一番幸せなんですよ。親だってそうでしょ? 無償の愛は見返りなんか求めない。だから愛しっ放しがいいんですよ。
山本:いま、プリウスとか人気ないんですよ。売り上げが落ちちゃっているそうで。社長にプリウスを作ってほしいな。何が快適か、いらないことは何か、ズバッと言ってくれそうな気がする。
元谷:さすがはプロのスタイリストさんやね。自分ではそんなこと思ってもみなかった(笑)。
山本:アパに行って思ったんです。「プリウスがいい」と言わせたがっているから、全てがおかしな方向に陥っちゃっているんだと。社長が「プリウスでいい」というディレクションをしれくれたら、絶対に売れると思います。
——僕もそう思います。何だか知らないけど、最近って、要らないものを「要らない」と言えない時代なんですよね。
元谷:流行り言葉を使うわけじゃないけど、忖度する時代になっちゃったからね。アパはよく「逆転の発想」だとか言われてきたけれど、実は私たち的には逆転どころか、全てが順法なんですよね。
——そこも含めて「誤解されている」と思うところって、何かありますか?
元谷:誤解は大いに望むところです。認識していただくことが素敵なことで、誤解していただくっていうことは認識していただけているわけだから、ファンになっていただける可能性があるじゃないですか。むしろ無視されてどうでもいいわってアパのアの字も言っていただけないことのほうが寂しいですね。だからアンチの声が届くと猛烈にファイトが湧きます。ヨットは無風じゃ進まない。でも逆風が吹けばジグザグと舵を取れば進める。企業家にとっては、風の吹かないのが一番ダメなんですよ。
山本:俺、ヨットやっていたから分かります。自ら凪に突っ込まなければならない。
元谷:まさにそう! 大変だけれど、あえてそれをやるのが一流であり、本物の証なんだと思います。
(プロフィール)
もとや・ふみこ……福井県出身。高校卒業後、福井信用金庫に入庫。元谷外志雄と結婚後、1971年、夫・外志雄が起業した信金開発株式会社(現アパ株式会社)の取締役を経て、1994年、アパホテル株式会社取締役社長に就任。 講演や歌手活動を行い、「強運」を売る「ふみこ携帯ストラップ」を作り自社ホテルで販売するなど、自社の広告塔として活動。「私が社長です」のキャッチコピーと派手な帽子やスーツの“正装”風の姿でメディアへの大量露出をはかり名物社長となる。2005年、法政大学人間環境学部卒業。2006年、早稲田大学大学院 公共経営研究科 博士課程修了。現在、東京国際大学客員教授、日台文化協会理事を兼任。
やまもと・こういちろう……1961年京都生まれ。東京育ち。学生時代からマガジンハウス「POPEYE」に編集・ライターとして参加。1985年にメンズスタイリストとしての活動を開始。エディトリアルとスタイリングのディレクションが出来るファッションエディターとして雑誌、広告を中心に数多くの作品を残す。近年はファッションブランドのみならず他種企業のブランドアドバイザーも手掛けている。2016年の企業広告ではクリエイティブディレクターとしてADC賞を受賞。