1. HOME
  2. COLUMN
  3. COFFEE PEOPLE ~ vol.5 リオネル・ベカ ~

2015.09.04 COFFEE PEOPLE ~ vol.5 リオネル・ベカ ~

〜コーヒーに求める役割〜

 

毎月、各界のゲストとコーヒーを入り口に様々なトークを繰り広げていくCOFFEE PEOPLE。第五回目は、銀座のフランス料理の名店ESqUISSE(エスキス)のシェフ・エグセクティブを務めるリオネル・ベカさんの登場です。

リオネルさんが考えるフランス料理におけるコーヒーの哲学や、幼少の頃の思い出、そしてシェフの視点から見た日本についてまで、大いにお話しいただきました。

(聞き手:鳥羽伸博(TORIBA COFFEE代表)。写真:荒井俊哉。構成:内田正樹)

 

L1007613

 

——リオネルさんとはTORIBA COFFEEがオープンする前からのお付き合いです。エスキスのオープンにあたって、ソムリエの若林(英司)さんとリオネルさんと僕の三人で、お店で出すコーヒーの味のイメージを決めるという責任重大な仕事でした。あれからエスキスも三周年を迎えられましたね。

「ありがとうございます。鳥羽さんは農園でコーヒーの栽培から収穫、そして焙煎までの全ての行程に関わっていらっしゃる方でした。私のポリシーとして、そういう方とコーヒーの味を決めたいと思いました。しかしまだお店のオープン前でしたから、料理の味にせよ、そこからゴールに出すコーヒーにせよ、最初は試行錯誤でした。大変興味深い時期をご一緒していただきましたね(笑)」

——ざっくり言うと味のイメージは苦味と酸味のバランスを楽しんでもらう方向性でまとまりました。それにあたってコーヒーマシンのセッティングを、“エスプレッソ用”“ダブルエスプレッソ”“普通のコーヒー”と3つのボタンを作ったのですが、リオネルさんは「4つめのボタンを作ってくれ」と(笑)。

「もっと濃いのが欲しかったので(笑)」

——すごく濃い。日本人だとちょっと「おっ!?」と驚くくらい。あれはリオネルさんの故郷のコルシカ島の味なのですか?

「モロッコ、チュニジアなどアラブ諸島では挽きたてのコーヒーよりも挽いてから熟成させたコーヒーを好み、エスプレッソよりもドリップでお茶の様に抽出したコーヒーを好む文化がある。でも私はフランスでリストレットやエスプレッソのようなイタリア風の濃いコーヒーに慣れていたので、正直、日本に来た時もドリップをあまり飲まなかったです(笑)。それは濃さや薄さの好みではなく、自分がコーヒーに求めていた味に巡り会えていなかったから。自分がコーヒーに求めていたのは、苦味と激しさが凝縮された、言わばムチで叩かれるような味だったのです」

——つまりホッとするのではなく、完全に流れを変えるためのコーヒー、ということですね。

「そう。リセットでありブーストです。日本人はよくドリップコーヒーを飲むと、「はあーっ」とお茶を飲んだ時のように落ち着きますよね。またはワインのように語ることもある。フランス人はあまりそういう飲み方はしないので、新しい発見でした」

——たしかに業界の一部ではコーヒーをワインのように扱ってほしいという願望が強い。でも僕はその考え方はなかなかついていけなくて。なぜならコーヒーとワインは全く別モノでしょう?だってワインにはマリアージュという表現がありますけど、実際にはコーヒーを飲みながらご飯を食べたりすることってなかなかは想定しないですよね。

「たしかにその通りですね(笑)」

——これまでレストランやホテルのディナーで出されるコーヒーは、かなり長い間、美味しくなかった。それは経営側としては、ある意味理解できるというか仕方のない話でもあって。メニューの総予算から考えた時、コーヒーなんかに原価をかけられない。むしろコーヒーからどう安くするか?ということになる。それでもここ数年でだいぶマシにはなってきたと思うのですが。

「難しい問題ですね。ただ私に限って言えば、お話した通り、コーヒーに明確な役割を求めているので、そこは絶対に手を抜けません」

——そうですね。僕はリオネルさんとエスキスの仕事は“チームワーク”だと感じています。まあフレンチとは大体そうだと思うのですが、何人ものスタッフが同じ方向を向いて総合芸術を手がけるというイメージです。ただ、エスキスのコーヒーは料理の“一部”なのではなく、まったく異なる、独立した役割を果たしているように映ります。

「コーヒーとは本来フレンチにとって非常に重要な役割を担っているのです。どんなに美味しい料理を食べても、最後のコーヒーが不味かったら、もうそれで全部台無しになってしまいます。美味しい懐石料理を食べた後に、ものすごくマズいお茶が出てきたら極めて残念でしょう?(笑)。残念なことに、人間は決定的な間違いであればあるほど、記憶に深く刻み込むものですからね」

 

〜道を極めるのは群れか?個か?〜

L1007631

 

——先ほどチームワークの話題がありましたが、その一方で個々が己の領分を極めて、その集合から生まれる化学反応を見るという考え方についてはいかがですか? と言うのも、たとえばコーヒーを淹れるバリスタがいて、豆を焼くロースター(焙煎士)がいるとする。でも、もしロースターがバリスタに合わせた味を追及し始めたら、味の可能性はどんどん狭まってしまうような気がするのです。

「そういう考え方も理解はできます。大阪にあるハジメという三ツ星レストランの米田肇さんは、野菜の生産者に会いたくないのだそうです。その理由は、生産者の顔を見てしまうと、どうしても情が移ってしまうからだと。私は、大地からの語りかけを、料理というストーリーとして編むことが料理人の本分であると考えています。動物にせよ植物にせよ、それらを育てている人の手というのはチェーンの輪みたいなもので、すべてが連鎖しているし、どれかひとつが欠けてもいけない気がしています。僕は子供の頃に空手を習っていたのですが、空手は型を何百回、何千回と繰り返し練習することでスタイルをものにします。つまり即興や思いつきで違うものを入れてはいけない世界なのです。でも、それが実戦に場を移すと、今度はそれにプラスして、自分の本能や動物的なカンが求められるのです。料理も同じだと思います。テクニックは繰り返して磨きますが、最後はチームのなかにあっても、各々が持つ動物的なカンでありエモーションでありインスピレーションがなければ成立しないでしょう」

——つまりバランスが重要であるということでしょうか。

「ええ。でも道を極め、マスターするというのはすべてそういうことなのかもしれませんね。現代はこれだけ世界中にいろんな情報が飛び交っている。その中でいかに社会とコネクトしながら、自分の役目や役割にどこまでこだわりを持ち、その上でスキルを高めていけるか。それはこれからを生きる人間にとって、とても重要なポイントであると私は考えています。インターネットの存在とは、料理人にとってひとつの罠なのです。なぜならグローバリゼーションの名のもとに、料理が似通い、均一化する恐れがあるからです。しかも消費者側もそれを目にすることが可能なので、彼らが『最近こんな料理がイケてるらしいよ』と感じる料理を作れば、ある程度までは簡単に売れてしまう。だから鳥羽さんがおっしゃるように、自分の役割をある時点までマスターしたら、そこからはある種のエスプリを持って、自分の道を貫くことも大切だと思います。日本という国は、料理に限ってだけ言えば、まだインターネットに毒されていない方だと思いますからね」

——本当ですか? だいぶ毒されている気もするのですが(笑)。

「他の国に比べたらまだ無事な方だと思いますよ(笑)。そういう傾向が見られる国というのは、例えばオーストラリアとか北米とか南米とか、ヨーロッパで言えば北欧のほうといった、料理における新興国です。日本には音楽で言うところのソリストがまだまだたくさんいます。そして結果に行き着くまでの “所作”を大切にしています。最終的なイメージが先にあって、そこから逆算していくヨーロッパの料理人とは、まったく逆です。日本で暮らしていると、こうした違いに触れることができるのが非常に楽しいのです」

―なるほど……。

 

 

〜記憶と探求〜

 

——リオネルさんは20代から料理の世界に足を踏み入れたそうですね。ご自身の現在の感性は、料理人になる以前と以降で言うと、それぞれどのくらいの比率で形成されていると思われますか?

「難しいですね。たとえば料理を始める前は、コーヒーの味のことなんて考えたことさえありませんでした。

ただ、私は4歳から9歳の間、エクサンプロヴァンスに住んでいたのですが、当時住んでいたマンションの1階が、TORIBA COFFEEのようにコーヒー豆を焙煎して売る店だったんですよ(笑)。だから家に帰ると必ずエレベーターでコーヒーの匂いを嗅いでいました。4歳から9歳というのは味覚が形成される重要な時期でしょう。だからプルーストの長編小説(※『失われた時を求めて』)におけるマドレーヌではないですが、現在の味覚に大きな影響を与えたのでは?と思います」

——すごくよくわかります。僕は父がコーヒーの仕事をしていたのですが、忙しい人だったのでほとんど家にいなかった。でもたまの休みには小さい僕を連れて外へコーヒーを飲みに出かけていた。当時の家から一番近かったのが開いたばかりのオーボンヴュータン(※フランス菓子店)だったので、僕はあの店のカシスやフランボワーズやシトロンの味で育ちました(笑)。

「それは羨ましい(笑)。僕の場合、料理人になってからはいろいろと細かいことが気になり始めました。コーヒーへの接し方も、料理人になってからガラリと変わりました。たとえばコーヒーが採れる地方にバナナが生えていると知れば、両者の関係が気になって仕方がない。コーヒー豆の中には800もの味わいがあると言われているそうです。またコーヒーの香りの分子の中には、土から出る地衣類やきのこの香りと同じ分子があるそうです。それを知ると、ではコーヒーときのこを合わせたら、何か新しい組み合わせにたどり着くのかも?と考えてしまう。ほとんど研究ですね(笑)。今ではコーヒーもひとつの“食材”として見ています。比率で答えるのは難しいですが、料理人になる以前の記憶と、なってからの探究心が現在の私を形成しているのだと思います」

 

〜手から手へ渡る日本の恵み〜

L1007640

 

——リオネルさんから見た日本とフランスのコーヒー文化の違いとは?

「私が日本に来て驚いたのは、多くの日本人がコーヒーの味に対して、自分が予想していた以上に繊細だったことでした。フランスにおけるカフェとは、コーヒーの味云々の前に、まずカフェという場所が社会的な記号であり役割を持っているのです。たとえば友達と会いたいと思ったら『会わない?』ではなく『カフェに行かない?』となるのです。しかもカフェと言えば必ずしもコーヒー専門店ではない。ジュースも紅茶も軽食もビールもある。つまりSNSが生まれる以前からの“社交場”なのです。俗にフランスのコーヒーは、アフリカから、エジプトやシリア、チュニジアやモロッコを通って渡ってきたと言われています。昔からアラブのおじさんたちが情報交換をする場には、“カワ”(※アラビア語でコーヒー)と“シシャ”(※同じく水タバコ)が必ずあったそうですよ」

——なるほど。リオネルさんはエスキスを訪れる日本のお客様にどのような印象をお持ちですか?

 「自分のレストランにいらして下さるお客さんについて語るのは難しいですね。ただ、私の料理は、日本の食材を自分の視点と解釈でフレンチにしています。つまり多面的というより、むしろ単一的な料理なのです。そして、それはたぶん万人受けする料理ではない。と言って、ものすごく尖がった料理でもないのです。日本の素材を大切にしながら、ひとつのストーリーを誠実に提案する。それがエスキスのメニューです。だからエスキスに足を運んで下さるお客様は、味に敏感で、発見に喜びを覚えて下さる方が多いと捉えています。そのベースとなっているのは、日本の食材が持つ優れたクオリティです。これは神がかっていると言っても過言ではない」

——やはりそこまでですか?

「ええ。様々な食材が手に入り、しかもそのクオリティがすこぶる高いという点においてはカルト的とさえ言ってもいいのではないでしょうか。だから東京には上海とか台北とか香港とか、アジアの都市からたくさんの方がお見えになりますが、彼らは東京で単に和食を食べるのではなく、フレンチやイタリアンや自国の料理を食します。その理由をうかがうと、やはり皆さん揃って決定的なまでの食材の差を口にされますね」

——そう言えば僕の韓国人の知人も、東京の韓国料理を好んで食べていますね。

「日本の食材は、生産者はもとより、流通に関わる方々の一人一人に至るまで、すべてのプロセスにおいて、繊細な心遣いやこだわりから支えられています。栽培、保存温度、包装、運送などに関わるすべての方々の意識がカルト的に優れているのです。アジアの国には、これを理解できないし、また理解しようともしない方々がまだまだたくさんいます。コンプレックスを持っているんですよ。だから日本に来て、それに気づいてから、私はそれまでの自分の食材の考え方を完全に改めました。もうゼロからやり直したと言っていい」

——材料がそこまで違えば、そうなるでしょうね。

「人間の進化と同じように考えれば、答えは明白です。地球における生物の進化とは、地球の中における自分たちの役割に適した形へと向かいました。大胆な話をすれば、もしかしたら2000年したら、人類はいまの形ではないかもしれませんよね? 私たち料理人は、手を使って料理を作ります。生産者の皆さんも、手を使って素晴らしい質の食材を手がけます。大事に手をかけたものを手に入れたら、自ずとそれを扱うこちらの手の動きも変わるのが自然であるべきだと、私はいつも心がけています」

———————————————————————————

(プロフィール)

1976年フランス・コルシカ島生まれ。マルセイユで育ち、20歳を過ぎて料理の世界へ飛び込む。2006年、ミッシェル・トロワグロより東京にオープンする 「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」のシェフに任命され来日。11年、フランス国家農事功労賞シュヴァリエ授勲。そして12年、“ESqUISSE”の開店と 共にシェフ・エグゼクティブに就任。現在に至る。

———————————————————————————

———————————————————————————

(レストランプロフィール)

ESqUISSE(エスキス)

東京都中央区銀座5丁目4-6

ロイヤルクリスタル銀座9F

———————————————————————————

関連記事